和泉屋利助 × 横浜君嶋屋
和泉屋利助
店 主
伊澤 義人(いざわ よしひと)
店 主
伊澤 義人(いざわ よしひと)
横浜君嶋屋本店/日本酒館
店 長
岩田 農(いわた みのり)
店 長
岩田 農(いわた みのり)
創業昭和2年「和泉屋利助」
店主 伊澤 義人
~家業であるお店を継がれるまでどのような修行をされましたか?
<伊澤>
調理師専門学校で学んだ後、即戦力として頑張れるのではと考え、横浜の割烹旅館で25歳までお世話になりました。
その頃はホテルですと一人前になるまで最低10年くらいかかるというくくりがあったんです。そこの親方が大変な働き者で、朝6時に小田原を出て、誰よりも早くお店に来るのですが、若い者より早く来るのですが「若手にプレッシャーを与えてはいけない」と店の近くで時間を潰して待つような方でした。その店は8時に始業して、11時オープンの後、夜9時まで暖簾をずっと仕舞わないんですよ。当時は、12時間労働で休憩は30分というのが当たり前だったんです。
一番下っ端は鍋の洗い物など、主に先輩のサポートを担当していました。その合間に、桂むきをやらせていただいたり、どんどん先輩のやることを盗んでいきなさいと教えらたんです。魚も下ごしらえまでなのですが、たまにちょっとやってみろ!と挑戦させて頂けたり、今思えば先進的な指導をしてくれる親方でしたね。
その後は、厨房だけでなくお客様との会話もできるようにしないといけないなと、居酒屋でホールとして働き、いいお客様から頂いた沢山の経験を全部詰め込み、後は自分でふるいに掛けるといった具合で26歳の時に「和泉屋利助」の暖簾を継ぎました。
~利助さんとお仕事をするようになった経緯は?
<岩田>
僕は知人であった当時の横浜店店長に誘われて、君嶋屋にアルバイトで入りました。空き瓶の片付けや配達の荷物を運ぶ程度と聞いていましたが、実際にはレジ対応はもちろん電話にも出ますし、沢山の業務があったので少し戸惑いました(笑)。その頃僕は、美術専門学校で学んでいたので、漠然とその方面の仕事ができたらと思っていたのですが、2年位たって配達をやるような流れになったときに周りから社員になることを勧められ、自分も仕事が楽しかったので社員にしていただくことになり、それから14年くらいになります。当時、君嶋屋には同年代の男子が3人いまして、僕らが勉強中だったということもあって会社に近い利助さんがとても可愛がってくださったんです。新商品が出たらこれはどうですかと持って行って試飲してもらったり。お客様にも一緒に「一口どうぞ!」いった具合で、利助さんの店で勉強会のようでしたね。そこで仲良くしていただいたお客様も沢山います。
<伊澤>
岩田さんには、お店に置く銘柄が変わるたびに卓上に置くメニューもつくってもらっています。学生時代の経験もしっかり活きてますよ(笑)。
[横浜君嶋屋]
本店/日本酒館 店長 岩田 農
お客様の嗜好を大切にしながら、旬なものもを取り入れてます。たまにジャケ買いもしています。
~お二人はどのようにお酒を選んでいらっしゃいますか?
<伊澤>
うちでは基本、お客様に自由に楽しんで頂いていますが、お刺身を召し上がる方が多いので淡麗辛口も常備しております。あとは、岩田さんに「最近どれが面白いの?」って一方的に聞いちゃいます。
それで価格帯もうちのお店で出せるものでセレクトしてお願いしていますね。アンテナが年々はれなくなっているのが自分でわかっているので(笑)。岩田さんはいろんなお店の情報とかをお持ちですから、
全幅の信頼を寄せています。
<岩田>
お料理に合わせやすいことと、辛口を基本に旬なものをお勧めしています。他で食べてみて美味しかった料理なども含めて、試飲したり情報を共有しながら一緒に選んでいただいてます。
以前、新政のエクリュを普通にお猪口で飲んでいたのをワイングラスに変えて飲んだ時に「こういうことか!」と新しい発見がありましたよね。
<伊澤>
本当にびっくりしたよね。グラスで同じ商品がこんなに味が変わるのか、これは知らないとまずいなと。お猪口の口幅とワイングラスでは感じ方が全く違うんですよ。
<岩田>
こんなにわかりやすく違うんだなとふたりで納得しましたね。エクリュはお猪口だと酸が立っている感じがするのですが、それをワイングラスにするとお猪口では感じられなかった甘味がバランスよく出てきて、酸もきれいになって白ワインみたいなんですよ。以前よりも伊澤さんにワインに興味を持っていただいて「その値段でこれはいい!」というワインはお店でも使っていただいています。 それに合わせてチーズ系のお料理とか少し和風なピザなども加わりました。「このお酒に対してはこういう料理を」と柔軟にさらっとメニューにしてしまうのはすごいなと感じています。 和と洋のテイストでは少し和寄りなんですが、ワインとすごくマッチするのが新しいなと。牛すじもワインでいけますよ。これからも利助さんのお料理の可能性というのを見つけていって、引き出せたらと。
創業昭和2年の歴史ある大衆酒場は、日々進化中。冬はふぐがおすすめです。
<伊澤>
僕が意外とディフェンシブになってしまっているから、岩田さんのような若い方や諸先輩方と会話をしていかないといけないと感じるんですね。今思うと、昔はもっとアグレッシブだったと思いますね。
~大将は若い頃に音楽をされていたのですよね?
<伊澤>
そうですねー、昔ね。息の長いバンドは活動休止とかするじゃないですか、そういうのが大事だなと思うんですよ。ちょっと休むとかソロでやるとか、充電するとか、全く違うジャンルに行くとか(笑)。ジャンルではちょっとうるさめの80年代のハードロックが一番好きです。 KISSをエンターテイメントとして崇拝して、どうしたらうまくなれるのだろうと、一日中ギターを弾いてコピーをしていましたね。 20代の頃は仕事の後にスタジオに入って、3時間くらいの睡眠でも働けましたよ。指が動かなくなってしまわないよう、今はたまに自分で弾くくらいですね。でも、仕込み中は今でも聞きますよ、ノリが大事なので。
ノリノリのKISSは仕込みの時にも聴いています
牛すじの煮込み
鶏の塩焼き
「和泉屋利助」
店主 伊澤 義人
店主 伊澤 義人
<伊澤>
うちの牛すじの煮込みは味噌風味なので、味噌に合うフルボディの日本酒がおすすめですね。「義侠」は、君嶋社長に勧められたんですが、淡麗辛口の時代にこんなにうまいものがあるのかと、もう全種類飲みましたよ。
当時の杜氏さんがつくるのは全部うまいなと思いましたね。うちで売りやすい価格帯でそして味があるものを私から進んで仕入れました。今では杜氏さんも替わっていますから、日本酒も時代によって味の変化があるのだと思いますね。
<岩田>
「鶏の塩焼き」はシンプルな塩味でお肉そのものの味わいがとても大事だと思うので、それを邪魔しないような軽い日本酒か、焼酎でしたら宮崎の「中々」をお勧めしますね。宮崎は地鶏が有名なのでやはりうまくまとめられるかなと。
<伊澤>
焼酎も人気で、メニューに載っていないものがお店に並んでいたら「あれ飲めますか」と端から端まで片っ端から飲む方もいらっしゃいますよ(笑)。
正直、昔は「これだったらうまいだろう」という感覚で名前で飲んでいる方が多かったですね。最近は情報がとてつもなく早く取れるので、お客様も進化し続けていますよね。
<伊澤>
お客様には感謝しかないので、何よりもこれからもずっと健康で飲んでいただければ嬉しいですね。
<岩田>
利助さんは「あまり干渉しすぎず自由に飲んで頂きたい」という想いでいらっしゃるので、お客様が自由に選べる環境づくりと、多くの常連さんに飽きられないというか、また来たいと思わせるお酒選びを今後とも進化させていきたいと思います。
奥の小上がり席では10人強の宴会が可能。
お忙しい中貴重なお話をありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。