酒のおはなし No.022 [2019.9.18]

醸し人九平次がワインを造る理由


醸し人九平次といえば日本国内の人気だけでなく、そのクオリティからフランスの三ツ星レストランに初めてオンリストされた日本酒として世界中で注目されています。そんな日本を代表する酒蔵が2015年にフランス・ブルゴーニュのモレ・サン・ドニにワイナリーを購入したというニュースが流れた時には誰もが驚愕しました。あれから5年が経ち、今年ようやく初ヴィンテージの2017年ワインがリリースされました。幸運にも「醸し人九平次」萬乗醸造の久野社長に直接話を伺える機会に恵まれました。
なぜワインを造るのか?ズバリ聞いてみました。

醸し人九平次がワインを造る理由

きっかけは焼酎ブーム、そしてフランス

なぜ世界で認められている日本酒蔵がワインの本場ブルゴーニュでワイン造りに挑戦するのか。きっかけは、2000年代前半の焼酎ブームでした。久野社長は、日本国内の空前の焼酎ブームを目の当りにして、日本酒が売れない悔しさ、このままでは日本酒が衰退してしまうのでないかという危機感、同時に日本酒の価値を何とか上げたいという想いに駆られました。そこで決断したのがフランスでの日本酒普及の挑戦でした。なぜフランスだったかというと小さいころからのヨーロッパに対する憧れと中学生の頃に初めてフランス料理店に連れて行ってもらいフォアグラを食した時の感動が鮮明に残っており、世界一の美食の国で自分の日本酒も認められたいという想いでした。2006年からフランスへ度々渡り、レストランのシェフやソムリエ、ワイン醸造家などへ日本酒の啓蒙活動及び九平次のプロモーションを行いました。活動の甲斐があり、少しずつ3つ星レストランや5つ星ホテルでもオンリストされるようになります。ギィ・サヴォワ、ガニエール、トロワグロ、ホテルリッツ、ホテルクリヨンなど。

九平治さん

挑戦するなら世界一の舞台で

フランスの名立たるレストランでオンリストされるようになり順風満帆に進んでいると思えますが、久野社長自身はそんな思いは微塵もなく、より一層世界における日本酒の価値の低さを突きつけられました。世界の飲み物の中心は、確実にワインだということです。世界のワインマーケットの大きさ、桁違いの取引価格、造り手に対するリスペクトなどを目の当たりにします。そして、日本酒のプロモーションをしていると真っ先に質問されるのが、米のことでした。米の産地は、栽培方法は、土壌はどんなものか?これらはワイン的な考え方であり、醸造技術を武器にしていた日本酒の考え方とは異なるものでした。米のことを知らないと日本酒を理解してもらえない。酒蔵でありながら自ら米作りを行ってこなかったことを反省し、その後、兵庫県の黒田庄で自ら米の栽培を始めます。また、ワインを理解しないと世界で日本酒を広めることが出来ないと考えました。それであれば、世界が美味しいと認めてくれるワインを自ら造ろうと決意しました。クオリティの高いワインを造れば世界が「クヘイジ」を認めてくれると信じて。また、挑戦するのであれば世界一の舞台“ブルゴーニュ”で勝負しようと決意します。このアクションが必ず日本酒の新しいステージに繋がると信じて。

M&Aではなく一からのスタート

2013年に萬乗醸造の製造スタッフの伊藤さんがフランスへ渡りワイナリー取得へ向けて動き出します。2015年に念願のモレ・サン・ドニ村の醸造所の購入、なんと醸造所の場所はクロ・ド・タールの畑の目の前。翌年2016年に発酵タンクなど醸造設備が入り、その年にようやくテスト醸造へと漕ぎつけました。伊藤さんは渡仏後、名門ドニ・モルテなどで研修。2017年、モレ・サン・ドニ村周辺に念願の2.5haの自社畑購入に至ります。さすがにグランクリュはもとより村名畑すら手に入りません。ドメーヌ(自社畑)ものはブルゴーニュ・ルージュ、アリゴテ、コトー・ブルギニヨンの3アイテム。伊藤さんが、栽培兼醸造責任者として2017ヴィンテージからようやくワイン造りが始まりました。ドメーヌ・クヘイジのスタートです。では、なぜ現地のワイナリーの買収、または醸造家を雇わずに時間をかけて一からスタートしたのか?というと。M&A的な方法での取得や雇用には興味がなかったということです。M&Aで取得しても九平次のアイデンティテーは入っていない。醸造家もしかり。日本酒を、九平次を理解している自分たちでワインを造るから意味がある。日本酒とワインが同じフィロソフィーのもと一直線上になくてはいけない。これは短期的な投機や儲ける為にやっているわけではない、挑戦だということです。

これからのクヘイジ、夢とは

これまでに久野社長が行なってきた「日本酒の醸造技術を上げて美味しさを追究する」「日本酒を世界へ広める」「蔵元が米栽培する」といったことは、業界の先人の方たちがすでに行ってきたことで真似事に過ぎない。まだ誰もやったことがないことで日本酒の価値を上げたい、クヘイジを世界で認めてもらいたいと考えた答えが、ブルゴーニュでのワイン造りという挑戦でした。ワイン造りに関しても決して妥協することはなく頂点を目指しています。
「いつかグランクリュ畑を取得しますよ。」と話すその視線の先にはドメーヌの目の前に広がるクロ・ド・タールの畑を見ているようでした。


日本国内での挑戦も始まろうとしています。自社田圃を所有する兵庫県黒田庄、田圃の中に日本酒の醸造所を建設、黒田庄のテロワールを表現する日本酒蔵のドメーヌを目指します。
最後に久野社長に夢を聞いた時に、「世界のレストランのテーブルで日本酒とワインが同じように料理に合わせて飲まれること」と話されました。

銀座レカンでペアリングに日本酒

2020年7月下旬、幸運にも「銀座レカン」で食事をする機会に恵まれました。
創業1974年、銀座の中心地にお店を構えるフランス料理の名店です。食通であれば誰もが一度は食事に訪れてみたいフレンチの聖地とも言えるでしょう。コロナ禍での数ヵ月間の休業があり7月下旬に新たな体制となり、料理、ペアリングのワインも一新、新生レカンとして再オープンいたしました。 さすが老舗のフランス料理店です。暖かみのあるベージュ色で統一あれた気品あるダイニング、磨き上げられたカトラリーやワイングラス、アペリティフのシャンパンはレカン専用キュベとしてメゾンへの特注品、メイン料理の仔鳩のロティは、テーブルの目の前で綺麗に素早くデクパージュされ熱々のソースがかけられ仕上げられます。仔鳩料理に合わせて、創業時からのワインストックから飲み頃のヴィンテージ・ブルゴーニュワインが選ばれ、ペアリングのワインとしてグラスに注がれます。驚くことにペアリングでサーブされる銘醸ワインの中に日本酒「醸し人九平次」が前菜料理に合わせてサーブされました。


「テットドコションとブルターニュ産オマール 花のサラダ エキゾチックなソースラヴィゴット」×「醸し人九平次 彼の地2018」


豚、オマール、花、エキゾチックなラヴィゴットソースという様々な風味に、「彼の地」のもつ同じくエキゾチックな風味が見事に調和していました。「彼の地」は、ワインの中にあっても全く違和感はなく、ワイン・日本酒といったカテゴリーを分ける概念は必要ないのではないか?と考えさせられる機会となりました。


久野社長の夢は確実に近づいている。そう実感できる日となりました。

銀座レカン

石渡 敏

石渡 敏 [株式会社横浜君嶋屋 営業本部長] 
仏料理店コートドールの調理場、サービスを経て横浜君嶋屋に勤務。
営業全般の統括。酒ディプロマ取得。


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